実践!障害(障がい)やハンディをお持ちの方の婚活・結婚の法則

障害(障がい)、ハンディがあっても結婚したい!結婚できる!? 自身もうつ病歴があり、婚活で見事結婚した結婚相談所スタッフがその方策を語ります!

人生初お見合い時の苦い教訓~初回お見合いは1時間で切り上げる重要性

こんにちは、マツケンです。

今回は私自身の婚活を振り返ってみたいと思います。今思い返すと、ダメな点ばかりで、「これはうまくいかないわ・・・」というものばかりでした。

まず、婚活歴ですが

2008年 2月本格的に開始
    ・家と家とのお見合い
    ・結婚相談所(IBJではない某社と自治体の結婚相談所)
    ・ネット婚活(当時スマホはないのでPCの婚活サイト)

この3つを掛け持ちしておりました。

2009年 夏にうつ病になり婚活が難しくなる

今回はそのうち最初の「家と家とのお見合い」初回の振り返りです。なお、うつ病になったのが2009年なので、この時はまだ心身健康な体で婚活上のスペックはそこそこ高かった(28歳年収510万円)はずです。

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マツケンの人生初お見合いはここ帝国ホテルでやりました

 

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いろいろあって祖母に縁談を依頼する

まったくもってモテなかった当時の私は、お見合いパーティーなどに出ていたものの轟沈ばかりで、いろいろ考えて、恋愛→結婚はあきらめ、20代でそこそこのスペックで婚活し、縁を見つけようと、「婚活」に振り切ることにしました。

 

まず、両親に「このままだと結婚できない。もう恋愛はあきらめるから縁談を探してきてくれ」と泣きながらお願いしました。

 

「本当にそれでいいのか?まだ20代だし、出会いはあるのでは?」

「もうない、無理なのはあなたたちがわかっているはず。なぜ昔の人はお見合いで結婚できたのだ。コミュ障やアスペだって結婚できた。今の方が不条理じゃないか!俺は恋愛弱者なんだ、こう育てた責任を取ってもらう」

 

半ば脅しのように両親に「縁談を持ってこい」と圧力をかけます。両親はしぶしぶ知り合いを当たることになりますが、なんと祖母のいとこが「お見合いおばさん」をやっていることが判明します。

 

その祖母のいとこTさんは山口県在住で、北九州在住の友人Hさんと組んで、中高年で結婚できない人たちの縁談の世話を生業としています。半分それで生活しているようなもので、21世紀にも昔ながらの「お見合いおばさん」は存在していました。

 

祖母から話をし、私の身上書を送ると

肩書、学歴と年収はいいじゃない。これなら就職の世話だってできたのに・・・

 

日本史上最悪の新卒就職率だった2003年4月入社が私なのですが、あんな思いをしなくても、「特別パス」があったようです(笑)。

結婚の世話をしているだけに顔は広く、彼女たちのおかげで結婚できた大企業のモテない男女が偉くなり、相応のコネを築いていたのでした。

 

家と家との「お見合い」が婚活最高のルートです

結婚相談所の仲人になった今、そういうことを言うのもなんですが、昔ながらの「家と家とのお見合い」ができるコネがあるならば、それが最も可能性が高い婚活になります。

 

家族や親戚に縁談がないか、あるいはTさんHさんのように「お見合いおばさん」(お見合いおじさん)がいないか、まず探してください。

 

今から50年前の「生涯独身率」が2%とか3%だったのは、社会構造もありますが、こういう人が縁談のお世話をしてくれたことが大きいのです。自分の両親や祖父母を見ると、今の時代の婚活で結婚できていたのか疑問です。

だから、結婚相談所の前に、あるいは結婚相談所と並行して、家と家とのお見合いができないか、家族親族を当たってください。ある程度外堀が埋められた状態でお見合いするので、一般的な婚活のように「面接して簡単に切る」ということがありません。

 

失礼な態度を取れば仲人や双方の家族親族に迷惑をかけます。そういう日本的な圧力を利用します。

で、TさんとHさんは、さっそく1名の女性を紹介してくれました。

 

人生初お見合いは帝国ホテルの「アクア」

お見合いした女性は私より2歳年下の26歳でした。写真を見ても「まぁ普通かな」(どの口がこんなことを・・)という印象で、今思えば結構かわいかったです。

 

お見合いおばさんの方針で、お見合い場所の予約や本人への連絡も私が行います。本来のお見合いであれば仲人が行うのですが、この人たちの鍛え方はこうするのでした。

 

場所はベタに帝国ホテルにして、予約ができる最上階の「バーラウンジ インペリアルラウンジ アクア」にしました。ちなみに、ここはIBJのお見合いでもよく使われます。

 

事前に下見をして当日の待ち合わせからエスコート、アクアまでの導線をシミュレーションします。また、付け届けお菓子の詰め合わせ(5000円くらい)を買います。当日、先方は最初だけお母様が同席するので、ここでポイントを稼ごうという算段です。

 

お母様にあいさつしたのち、事前のシミュレーション通りアクアへ向かいます。

 

しかし・・・、全然会話ができません。キャッチボールができない自分に情けなくなります。本当はここを掘り下げるべきなのですが、当時の記憶がありません。相手を上座に座らせたのは確かだと思います(のでここは間違っていない)。

 

1時間30分くらい経過したところで、私は思いもよらぬ行動に出ます。

 

「この後、近くの『相田みつを美術館』へ行きましょう」

 

帝国ホテル近くの国際フォーラムには(今も)「人間だもの」の『相田みつを美術館』があります。

生まれてこの方「デート」をしたことがなかった私は、どうしても女性とデートスポットに行って一緒に歩きたかったんです。

 

これはお見合い時の絶対ダメな行動です。初回、知らない人と神経を使って話した後に、美術館へ行くというのはダメです。美術館内で談笑するわけにもいきませんし、知らない人と長時間歩くというのは苦痛以外の何物でもありません。

 

※交際がはじまってから「相田みつを美術館」へ行くのは問題ありません。ぜひ候補の1つにしてみてください。

 

IBJのお見合いでも1時間くらいで切り上げて・・というのは、ストレスや緊張感でボロが出ないよう、悪印象が出ないようにする配慮でもあるんですね。

無言の美術館での時間を共有しても、彼女にとっては何のプラスにもならず、苦痛だけだったはずです。

 

「二度と会いたくない!」そんなに傷つけたか!?

会話は続かなかったものの、自分の当時のスペックからして、断られるはずがないと慢心していました。

 

お見合い後、そのまま友人と合流して、お見合いについて講釈を垂れる始末です。本当に情けなくて、今思えば恥ずかしすぎます・・・。

 

私は意気揚々と「OK」の返事をお見合いおばさんに出します。すると・・

 

「いや、向こうからお断りがあったのよ。『二度と会いたくない』と言っている。何かしたの?触ったとか・・

 

「いや、何もしていないです。紳士そのものの対応です」

 

向こうのお母様は、お菓子で買収(?)したこともあり「もう1回くらい会ってみてもいいんじゃない?」となだめてくれて

いたようですが「もう嫌!」と彼女の意思は固く人生初お見合いは失敗しました。

 

セクハラ的言動も行動もなかったのに、「お見合いでも自分はダメなのか・・」と泣きました。

 

ここから、婚活にすべてを捧げた婚活第一期1年ちょっとが始まりました。

 

最初のお見合いから学んだこと

正直、婚活をなめていて、自分の年齢、年収、学歴なら何とかなると思っていました。しかし、両親の時代とは違い、完全に外堀を埋めてくれることはなく、相手がバッサリ断る権利があるということです。

 

これはIBJでもそうで、いくら高年収ハイスぺ男性でも簡単に切られてしまいます。お断りはボタン1つなんで、本当に気軽です。ハイスペだから結婚できる世界ではなくなっています。家と家とのお見合いですらそうなのですから、結婚相談所はあくまで婚活の中では(婚活アプリや婚活パーティーと比較して)、結婚できる可能性が相対的にマシ、くらいの感覚でいてください。

 

また、IBJルールでは、お見合い1時間で別れますが、この時私がとったように、相手を美術館へ連れて行く、みたいなことを避ければ、つまり、ある程度戦略を持てば相手の減点を避けることができます。

 

お見合い初回は加点をしようとすると失敗します、いかに減点を避けるかに注力した方がいいです。

 

「この人にまた会いたい!」

となればいいのですが、せいぜい1時間で相手を虜にできる人は、婚活をしなくても大丈夫な人のように思えます。

 

「もう一度会ってもいい」

これを目指しましょう。

 

このためには、緊張が途切れてボロが出たり会話が止まったりする1時間を目安に切り上げることが、重要なリスクヘッジになるのです。

 

この時の手痛い失敗にもめげず、結婚相談所、婚活サイトとフルスロットルで婚活をしていくことになります。

 

ともかく、あの時に会ってくれた女性には感謝しかありません。きつかっただろうに・・・。本当、未熟ですみませんでした!

 

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